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2011.06.12 Sunday

新規メンバー加え、こんぴら歌舞伎「金丸座」に行ってきました!

本日6月12日、香川遺産新メンバーを加え、琴平町の旧金毘羅大芝居「金丸座」を訪ねてきました!

金丸座は国指定重要文化財。
1835年(天保6年)に建てられた、現存する日本最古の芝居小屋です。

香川の方でなくても「こんぴらさん」という名前はどこかで聴いたことがあるのではないでしょうか。
こんぴらさんは高松の西、琴平という町にあります。

金毘羅は海の守り神。かつては海鮮問屋が主なスポンサーであったと言います。

多くの巡礼者たちが金毘羅宮参りに訪れたさいに何か愉しみを、という声が高まり、おりしも町民が力を持ち始めた時代、町の有力者たちの力により、金毘羅大芝居という常設芝居小屋が建てられました。
「金丸座」という名前に定着したのは明治33年のこと。

隆盛を極め、名優たちが次々に出演した黄金時代が過ぎ、他の芸能と同様に一時は芝居小屋としての機能を棄て、映画館になり、さらに荒廃するに任せた時代がやってきました。
そのことに心を痛めた町のひとたちが、小屋の復興に取り掛かり始めます。

そして1970年(昭和45年)に国の重要文化財に指定され、現在の場所に移築されました。(もとの場所は琴平町立歴史民族資料館が現在たっているところです)

大きな転換点は85年にやってきました。
テレビ局の取材でこの地を訪れた中村吉右衛門、澤村藤十郎、中村勘九郎が、昔の趣を残す金丸座で演じたいという思いを口にします。

翌年、85年から「四国こんぴら歌舞伎大芝居」が催されるようになり、以来、定員約700人の1日2回公演が約20日間、満員御礼を続けるという、地方公演ではありえないような快挙を続けています。

一度訪れてみたらその理由はわかるはず。

銀座の(もと)歌舞伎座をよく訪れる方などには、その違いをとくに感じてほしい。歌舞伎座は歌舞伎座で、「よっ!〜屋!」みたいなおなじみの掛け声にも心躍る、独特の雰囲気に酔えるけれど、こんぴら歌舞伎の魅力はなんといってもあの木造建築に、ぎゅうぎゅうと密度の高い小さめの空間。

私は今春の公演を訪れ、花道のすぐ上に2階席に陣取りましたが、なにしろ役者が近い!ほんとうに、役者の歩く、肩のほんのわずかな揺すり方まで見て取れる、表情だって細部まで、触れられそうな近さなのだから。

金丸座は2003年の「平成の大修理」を経て、さらに見事な復活をとげる。補強のために入れられていた客席内の4本の太い柱を撤去、そして大胆な演出を可能にする「かけすじ」も復活!なんと宙吊りになって天井から滑車でさァ〜ッ!!!と(がらがらがら、かもしれない)役者が中を飛ぶのだ。

今春の演目「鯉つかみ」は、かけすじやすっぽんなど、舞台の仕掛け総動員のアクロバティックな舞台だったという。

施設を改めてみたあと公演のことを聞くと、ますます観たくなるではないですか!

文化庁の保護下に入った金丸座は、経済的に保証を得たいっぽう、(公演実施など)利用のハードルは高くなっただろう。
あの小屋で、旅芸人たちが演じたり、すぐれた地元芸能を観ることができたら…それこそ一年一度ではなく、年間を通じて何かが行われていたら、ほんとうに「生きた伝統芝居小屋」として、世界中からそれを楽しみに訪れる人が増えてくるだろう…。

そんなことをつぶやきながらメンバーは、日曜日の賑やかな参道でこんぴら名物「灸まん」をぱくつきながら、帰路についたのでありました。
(文責 サーカス堂ふなんびゅる 田中未知子)

kanamaru za 4
かけすじ


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